◇愛のエンブレム◇ 91

Senec. NEC REGNA SOCIVM FERRE, NEC TÆDÆ SINVNT.
Propert. Te socium vitæ, te corporis esse licebit,
Te dominum admitto rebus amice meis:
Lecto te solùm, lecto te deprecor vno:
Riualem possum non ego ferre Iouem.
セネカ 女王の地位や結婚の松明✒があっても、二人の仲が続くことは許されない。
プロペルティウス ねえ君、君とは生命を分かち、体を張った仲なので、
君は、俺の持ち物の主だといってもよい。
だが俺のベッドだけは、そうこのベッドだけには手を出さないでくれ。
大神ユッピテル様✒であっても、俺のベッドで競争相手になることは許せない。
アモルには仲間は余計
アモルは、愛するのに仲間を誰も入れず、愛を仲間と共有しようとしない。
アモルがアモルであるなら、アモルは自分の仲間を愛の場から出て行かせる。
愛からはもちろん、支配への気持ちからも、競争相手がその場にいることを許さず、
アモルはたったひとりで、彼女の優しい気持ちにひたるのだ。
❁図絵❁
アモルが弓を使って、ユッピテル神をベッドから追い出している。大神は、その強力な武器である雷霆を使わず、それを右手にもったまま素早く逃げていく。そのあわてぶりは、大神の侍者であるワシを大神自らが今にも踏みつけかねないことからわかる。一方、女はほおづえをつきながらベッドの隅に座って憂鬱に考えこんでいる。
❁参考図❁

ヨアヒム・ウテワール (Joachim Anthonisz Wtewael)「死んだプロクリスを嘆くケファルス」1610年頃
ケファルスは、彼を愛した曙の女神アウローラにそそのかされ、妻プロクリスの貞節を疑い、変装して妻を試すべく誘惑する。誘惑はかろうじて成功するが、真相を知って妻は恥じて夫のもとを去る。しかし後に二人は和解する。ところがさらにその後に、プロクリスを愛した牧神ファヌスが、プロクリスに夫ケファルスは不倫をしていると嘘を吹きこむ。プロクリスは夫を疑い、いつも定期的に夫が家を留守にする狩りが怪しいと思い、狩りに行く夫の後をつける。狩りの最中に、夫は妻を獲物と勘違いして、百発百中の魔法の槍(絵では矢)を放ち、妻を殺してしまう。仲睦まじい夫婦であってもひとたび不倫の疑いが持ち上がると、両者の間には亀裂が走る。
〖典拠:銘題・解説詩〗
セネカ:『アガメムノーン』✒259行。トローイア戦争に大将として出征したアガメムノーンの留守中に、その王妃クリュタエメーストラをアエギストゥスは誘惑するが、そのときの台詞。トローイア戦争に勝ち故郷に帰還するアガメムノーンは、トローイアの女カッサンドラを連れてくるはずになっている。カッサンドラは、自分の方が妻だという顔をして、クリュタエメーストラが女王であり妻であるとしても、夫との同衾を許すはずがないといって、アエギストゥスはクリュタエメーストラを説得する。なお原文は、「仲を続けることを知らない」(sciunt)だが、フェーンは「仲を続けることを許さない」(sinunt)と一読で意味が通るように変えている。
プロペルティウス:『エレギーア』2巻34歌15-18行[➽14番]。プロペルティウスが恋人キンティアを、信頼のおける禁欲的な友人に紹介したところ、恋人を危うく取られそうになり、「こと話が愛になると、誰も信用がおけない」(3行)といい、続けてその友人に向かって自分のベッドに入るのはやめてくれと皮肉たっぷりに依頼する。
〖注解〗
結婚の松明:ローマの結婚式では披露宴の後、妻がたくさんの人に付き添われて松明と共に行進し、夫の家に向かう。その家で夫に迎えられた新妻は、家の竈(ローマでは日本の神棚にあたる神聖な場所)におかれた薪に、持ってきた松明で火をつける。
大神ユッピテル:[➽10番]塔に閉じ込められていたアルゴスの王女ダナエーとは、大神はわざわざ黄金の雨に変身して窓から降り込み、ベッドに寝ていた王女と交わった。
『アガメムノーン』:アガメムノーンはミュケーナエの王アトレウスの子で、トローイア戦争におけるギリシア軍の総大将。アガメムノーンの異母兄弟アエギストゥスは、養父でもあり伯父でもあるトゥエステースを殺害した経歴を持つ。このアエギストゥスが、アガメムノーンの妻である王妃クリュタエメーストラを誘惑する。妃は、アガメムノーンが娘イーピゲニーアを人身御供したことへの恨みも手伝って、アエギストゥスの誘惑に負け、二人は共謀して、トローイア戦争勝利者として帰還したアガメムノーンを殺害する。
▶比較◀
競争相手:「波越ゆる ころとも知らず 末の松 待つらむとのみ 思ひけるかな」(『源氏物語』51浮舟)。「あなたが心変わりして ほかの男を待っているとも 知らない愚かなわたしは 今もひたすらわたしだけを 待っていると思いこんでいて」(瀬戸内寂聴訳)。光源氏の息子・薫に都から離れた宇治に浮舟を匿う。しかし浮舟は、薫の競争相手である匂宮(光源氏の孫)とも関係を持ってしまう。薫を裏切ることになると知りつつも、匂宮への思いがどうしても断ち切れず、二人の男性への愛に心が揺らぐ。それを知った薫が浮舟に宛てて読んだ歌。この歌の直後には、「人の笑い物にはしないで下さい」という追伸が添えられていた。
