◇愛のエンブレム◇ 98

MAGNI CONTEMTOR HONORIS.
Calcat Amor fastum, nec inanes captat honores,
Gaudet & abiecto viuere vbique loco.
Propert. At quò sis humilis magis, & subiectus amori,
Hoc magis effecto saepè fruare bono.
大きな名誉を蔑む者。
アモルは傲慢を足蹴にし、中身が空の名誉を手に入れず、
どこにいても、へりくだって、喜んで生きる。
プロペルティウス 愛に従えば従うほど、そして腰が低ければ低いほど、
よい結果をえることは多くなるだろう。
愛には誇りがある
美しく着飾った高慢な孔雀の尾をアモルは踏みつける。
それは愛が高慢を嫌い、軽蔑しているからである。
愛すれば双方は対等なのだが、恋人を喜ばせるべく、
喜んで恋人の奴隷になろうと、アモルは考える。
❁図絵❁
弓を握り、矢筒を抱いて、アモルはクジャク(高慢の象徴)を脚で踏みつけている。これによって、自らの心の謙虚さをあらわそうとしている。
❁参考図❁

ウィレム・ピエテルス・バイテウェッヘ (Willem Pietersz Buytewech)「屋外での宴会」1615年頃
白昼の宴会で、テーブルの上には金食器とともに、巨大なクジャクの肉が置かれている。これらはいずれも豪華の象徴。また床には虚栄を象徴する楽器があり、女性たちが投げかける視線や態度は媚びを売るかのようである。この恋愛場面では、男が謙虚になって女に従ったところで、女は心の中で男を罠にかけたとほそく笑むことが推測できる。
〖典拠:銘題・解説詩〗
典拠不記載:参照「名誉を蔑む者とは、ちょうど美徳を蔑む者が非難されるように、正しい事柄から名誉を獲得しようとはしない」(『アリストテレス[➽2番]「ニコマコス倫理学」註解』(1582)241ページ)[➽8番]。
典拠不記載:
プロペルティウス:『エレギーア』1巻10歌27-28行[➽14番]。詩人が友人のベッドシーンに立ち会い、そこから学んだことを述べつつ、とくに女の機嫌が悪いときには、女の意のままになる方が、「よい結果がえられる」といっている。こうした猥褻でしかも道徳的にいかがわしい意味を、フェーンは銘題全体のなかで逆転させ、恋人の意にあくまでも従い続けることに、愛する者としての真の名誉があるとしている。
▶比較◀
傲慢を足蹴:「つららとぢ 駒ふみしだく 山川を しるべしがてら まづやわたらむ」(『源氏物語』46 椎本)。「張りつめた氷の上を 馬が踏みしだいていく山川 匂宮の道案内をしながら まずわたしが渡りましょう あなたと契れるならば」(瀬戸内寂聴訳)。薫は、雪の中を京からわざわざ宇治まで行き、八の宮の姉妹の姉である大君に会う。そこで薫は、自分のライバルである匂宮のために、大君の妹・中君のために仲を取り持つ申し出をする。薫がこれほどまでに親切で謙虚なのは、実は、薫が大君に恋心があるからなのだと、この歌で正直に告白してしまう。
