◇愛のエンブレム◇ 109

INVERSVS CROCODILVS AMOR.

Tali naturâ crocodilus dicitur esse,

Vt lacrymans homines enecet, atque voret.

Est Amor inuersæ sed conditionis, amantes

Nimirum ridens ille perire facit.

アモルは、ワニの逆。

ワニ✒が人間をがつがつと食って殺すときには

ワニには涙を流す性格があるといわれている。

ところがアモルにはそれとは逆の性向があり、恋をしている者を

殺すときにはかならず笑っている。

思いやりのない彼女は笑い顔で殺す

   ワニは人を殺すとき涙を流す。

思いやりのない彼女は、殺すときに笑う。

苦しんでいるのに嘲笑されるのでは、憎まれている証拠。

あざけり笑う獣✒は、恋する男の心をなによりも悩ませる。


❁図絵❁

 河からあがったワニが、河辺で胸をはだけていた男の脚にかみついている。ワニの目からは大粒の涙がこぼれている。一方、男は悲鳴をあげて腕を振りあげ、助けを求めている。

❁参考図❁

ルーベンス (Rubens)「カバとワニ狩り」1615-16年

 アフリカの河辺でカバとワニを狩っている勇壮な場面。ただしカバやワニは実際よりも小さく描かれている。これらの動物は当時はまだ珍獣で、動物誌や旅行記など書籍を通じて知られていたとはいえ、現物を目にする機会はほとんどなかった。なおワニは「陸でも水でも害をなす」四足獣(プリーニウス『博物誌』8巻37-39 [➽115番])として、古典でも悪名高かった。


〖典拠:銘題・解説詩〗

典拠不記載:

典拠不記載:

〖注解〗

ワニ:涙を流して獲物をおびき寄せる、あるいは獲物を食べるとき獲物を哀れんで涙を流すという故事は古典にではなく、中世末からルネッサンスにかけて流布した説。とくに叙情詩では、女性が涙を流して男の同情を買い、男をだます比喩として用いられた。Marjory E. Lange, Telling Tears in the English Renaissance (Amsterdam: Brill Academic Publishers, 1997) 82-84.

獣:英語の原文はserpent(蛇・竜)となっているが、この時代にはワニはサイなどと同様にまだ珍獣で、この種の動物を総称する語がserpentであった。


▶比較◀

笑い:「みるめなき 我が身を浦(うら)と 知らねばや 離(か)れなで海人(あま)の 足たゆくくる」(小野小町 古今和歌集 623)。<大意>「海岸には海松布(みるめ)がないのにそれを採ろうと出てくる漁師がいる。貴方はその漁師に似て、逢おうとしない私のつれない態度に気づかないのであろうか。私から離れてしまうことなく、しげしげと通っていらっしゃいますね」。冒頭の「みるめ」は海松布(みるめ)で食用の海草を指す一方で、「見る目」つまり逢瀬の機会をも意味する掛詞になっている。「見る目」がない、つまり自分に気がない女性のもとに通い続ける男性の、報われない恋の様子が示唆されている。次句の「浦(うら)」は、海岸を意味すると同時に、小町自身の「憂(う)し」(つらい、情けない)という心情を暗示する。これは、男性の執拗な求愛に対する小町のうんざりした気持ち、そして、そのような状況に対する自身のやるせなさをあらわしているのだろう。とすると、小町はここで、愛を求めて自分のもとに足しげく通う男性を、成果のない海藻採りに出かける愚かな漁師にたとえ、やんわりと、しかも冷ややか笑ってに拒絶していることになる。さらにこの和歌では、自らを「海草すら寄せてこない海辺」に喩えている。これは、誰もが認める美貌を持ちながらも、近づきがたい、あるいは満たされない存在であるという、小町の複雑な内面をあらわしている。そうしてみると、この歌には、男性を魅了しながらも、決して心を開かない、ある種の「魔性」が垣間見える。男性を翻弄し、やがて破滅へと導く女性は、「運命の女(ファム・ファタール)」(フランス語でfemme fatale)と呼ばれるが、小町にもその相貌がある。『小野小町集』に収められた他の和歌からも、小町の男性に対するつれない態度や、自立心の強さがうかがえ、彼女を日本版「運命の女」と見なすことができる。「運命の女」はワニのように恐ろしい。


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