◆二元対立の英語感覚◆《確定事実⇔話者の気持ち》助動詞は 気持ち をあらわす (3) can, may


can 知っているからできる確信
may 力があるからできる確信

客観的根拠のある確信must と強い主観的な確信である will を問わず、もしも確信の度合いがそもそも50~60%程度だったらどうでしょう。canかmayになります。

 ごく大まかにいえばcanの語源はknowmaymight(力)から来ています。あることを「知っている」からそのことが「できる」わけですし、自分には「力」があるから相手に向かって「許可」ができるわけです。canは「わかっている」といっても、そのわかっていることを確信している主観的度合いが低いのです。

(1) I can introduce you to some award-winning coaches when you seriously want to do skiing.
本気でスキーをやる気になったら、賞を取ったコーチを紹介してもいいですよ

私には紹介できる能力があるというよりは、紹介できることが「わかっている」から、紹介してさしあげてもよいですよという申し出です。ここには相手に対する恩着せがましさはあまりなく、自発的にそういう申し出ができるくらいの準備、自覚が私にはありますよという自分の親切心をあらわしています。

(2) You may contact me by email or zoom when you go back to Malaysia.
マレーシアに戻っても、メイルかズームで連絡は取れますよ

一昔前の英語ですと、この文だと、君は私に連絡を取ってもよろしいというとても尊大なニュアンスをもっていました。私には君に連絡を取ってもよい、そういう許可を出せる「力」があるというわけですから。ところが最近ではこの表現は横柄さがまったくない、比較的丁寧な申し出になっています。連絡を取るそういう力をあなたはお持ちですというように、「力」があなたから私の方に働く、あなたにはそのような「力」を行使するだけの権能をおもちですという、私の確信がそれとなくあるのです。