◇愛のエンブレム◇ 31

P. Syr.    AMANS QVID CVPIAT SCIT, QUID SAPIAT, NON VIDET.

Caece quid à recto declinas calle Cupido?

Audi, quod Ratio quodque Minerua monet.

Caecus es, & caecos pariter tu reddis amantes,

Qui clausis oculis in sua fata ruunt.

Seneca.  Amare & sapere vix Deo conceditur.

プープリウス・シュルス    愛してしまうと、欲しいものはわかっても、何が賢明かわからない。

盲目のアモルよ、どうして正しく険しい道からはずれるのか。

 理性とミネルウァ女神[✒27番]の忠告に、耳を傾けよ。

自分が盲目なので、愛する者たちも同じく盲目にし、

 目を閉じたまま運命へと突撃させている。

セネカ    愛しかつ学ぶことは神にすらも、まず許されていない。

愛は盲目である

 アモルは空想に動かされてしまい、やすやすと脇道に逸れるものだ。

アモルはまったく盲目なのだが、つまずきながらも前へ進む。

それは、すぐれて賢明な道が見えないし、わからないからだ。

愛しつつ知恵があるとは、女神にすらも許されていない。


❁図絵❁

目が見えないアモルが両手を前に出しながら進もうとしている。アモルの背後の樹木には、見たものを石化させる怪物ゴルゴンの図がついた盾が立てかけられている。またその隣には、人の導き手であるメルクリウス神の持物であるカードゥーケウス(蛇杖)が立てかけられている。

❁参考図❁

ピーテル・ヤンス・カスト(Pieter Jansz Quast)「踊る喜劇役者たち」1630年頃

笛とリュートを奏でる役者たちが踊り、また仮面を付けた役者がその音楽に合わせてそろって踊っている。仮面はイタリアの即興喜劇を彷彿とさせるが、喜劇に登場するインアマラート(恋する男)は仮面を付けない。とすると、役者の斜め後ろにいる男性と女性のカップルが、恋する男と女(インアマラータ)の役を演じるのだろうか。喜劇の骨頂は、めまぐるしく変わる恋の状況でピカレスク的な戦略をこらし見事に恋を成就させる展開にあるが、私たちを見つめる画面右手前の男性はそんな喜劇的愚行を突き放すような笑い方をしている。


〖典拠:銘題・解説詩〗
プープリウス・シュルス:『警句集』A 15。

典拠不記載: セネカ:[➽1番]シュルス『警句集』A 22。シュルスの『警句集』は後代に加筆され、セネカなどからの格言も取り入れられた。このためにセネカの名がここでは典拠としてあげられている。

〖注解・比較〗

プープリウス・シュルス:(前1世紀頃)ユリウス・カエサルの同時代人で、現在でいうヴォードビリアンとして名をはせた。作品としては名言を集めた『警句集』がある。
『警句集』:〔1世紀頃?〕ちまたの生活を風刺する道化芝居のセリフを集めたものといわれている。特定の思想や信条によって統一された見解が披露されているわけではないし、現代の名言集のようにテーマ別配列ではなくアルファベット順の配列になっている。シュルスが収集したものは700程度で、他は後代に主にセネカの偽典から採用されている。この本はすでに4世紀頃からラテン語教科書として採用されており、16-17世紀の間だけとってみても『カトーの二行句集』[➽36番]と合本になって数百点も出版されている。


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