◇愛のエンブレム◇ 23

AMOR CERTVS IN RE INCERTA CERNITVR.
Nummi vt adulterium exploras priùs indice, quàm sit
Illo opus: haud aliter ritè probandus Amor.
Scilicet vt fuluum spectatur in ignibus aurum:
Tempore sic duro est inspicienda fides.
エンニウス✒ 愛の確かさは不確かな事態になると見分けられる。
コインの改鋳が必要となるのは、改ざんの有無を試金石で調べてからだが、
愛もまさしくそのように試されるべきだ。
黄金は火で精錬されるが、
愛の誠実さはつらい時にこそ見分けられるのだ。
愛の試金石
黄金が火と炉で精錬されて、
その質の善し悪しがはっきりとわかるように、
つらい憂き目と災難になると、本物の愛はとどまり、
偽物の愛は遠のくことがわかる。
❁図絵❁
右側の炉の所にいるアモルは矢筒を身にまといながら、ヤットコでコインを挟み、燃えさかる火にかかったるつぼの中にそのコインを入れようとしている。もう一人のアモルは作業台におかれた平たい四角の試金石を使いながら、コインの真贋を試している。テーブルの上には、これから試される金貨とすでに試し済みの金貨、そしてコインの形を整えるための小型ノミがある。そして床の上にはヤットコの他に、金をコイン型台に打ちつけ打ち出すためのハンマー、そして矢と矢筒がある。
❁参考図❁

ヤン・ステーン (Jan Steen)「雄弁家たち」1665-68年
それなりに学識のある雄弁家が村人たちに猥褻な詩を読んでいる。部屋の天井から吊るされたバラ(愛の象徴)で編んだ輪には「愛では自由」(In liefde vrij)というメッセージが書かれており、道化の服装をした男が中年の女性と戯れている。このような愛は、フェーンからすれば誠実さの欠けた愛と判定される。
〖典拠:銘題・解説詩〗
エンニウス:『ヘキュバ』216行。出典では、「愛の確かさ」ではなく「友人の確かさ」。この箇所は、キケロー[➽5番]がエンニウスからの引用として『友愛論』(37章64節[➽28番]) で挙げている。
典拠不記載:ただし最後の二行は、オウィディウス[➽世番]『悲しみの歌』2巻5節25-26行。突然、ローマからトミス(現在のルーマニアのコンスタンツァ)に追放された詩人は、逆境のなかにあるときこそ友愛が試されると述べている。つまりフェーンはここでも、男性同士の友情を男女間の恋愛感情にすり替えている。
〖注解・比較〗
エンニウス:〔前239–169年頃〕ローマ共和制時代の詩人で、ローマ詩の父とよばれている。悲劇と歴史叙事詩をおもに執筆したが、どちらも作品全体量からすればわずかとしかいえない断片が現存しているのみ。にもかかわらず、とくに歴史叙事詩『年代誌』(トローイア陥落から詩人の同時代までのローマ史)はウェルギリス『アエネーアース』を読解する際の座右の書として利用された。
つらい時にこそ:「あしわかの 浦にみるめは かたくとも こは立ちながら かへる波かは」(源氏物語 若紫)「若君にお目にかかることは難しかろうとも 和歌の浦の波のようにこのまま立ち帰ることはしません」(渋谷栄一 訳)。光源氏が幼い姫君・若紫に会おうとして詠んだ歌。若紫は、源氏が心から慕う藤壺(源氏の父の妻で、継母にあたる)に似ており、若紫と接触しようとするが、若紫を育てる祖母が許さなかった。しかし源氏はあきらめず、面会を希望しつづける。引用の歌が送られた時点では、その祖母はすでに死に、若紫を迎えにくる父の訪れを待っているところであった。源氏は結局、若紫獲得に成功し、後に彼女は紫の上として源氏の妻となる。なお和歌の浦は、和歌山市南西部にある景勝の地で、歌の和歌と掛詞として使われている。
