◇愛のエンブレム◇ 13

QUI BINOS INSECTATVR LEPORES, NEVTRVM CAPIT.

Vnum age: nam geminos simul insectatur eodem
Tempore qui lepores, sæpè & vtroque caret.
Cautus amans vnam tantùm venatur amicam;
Nam spem multiuolus ludificatur amor.

二兎追うものは一兎も得ず。

ひとつのことを行なえ。同時に二兎を
 追うような者は、しばしばどちらも手に入れられないから。
用心深く恋する男は、ただ一人の女性だけを追いかける。
 多数を望む愛は、その期待に欺かれることになるのだから。

多く捕ろうとする者には獲物がほとんどない。

 二兎を追う者は、一兎を手に入れることももめったにないが、
それこそ、二人の恋人を抱こうとする者の顛末だ。
真実の愛は、その本性からして、双面の顔からはいつも逃げる。
二股かける恋は、忠実な恋の名にまったく値しないのだ。


❁図絵❁

 森の茂みに向かって逃げている二匹の野ウサギを、アモルが弓矢を持たずに走り追いかけている。画面奥のウサギを、犬紐を解かれた犬が追いかけ、紐につながれた二頭の犬が手前のウサギを追っている。

❁参考図❁

ダフィット・テニールス(子)(David Teniers de Jonge)「半月宿での祭り」(全体, 部分)1641年
 祭り(オランダ語ケルミスkermis)では、日常の秩序が一気に緩み、華やかな無礼講の世界へと変わるが、それは人々が抑制してきた欲望が吹き出すハレの時である。アントワープの司教座聖堂が見える田舎町で祭りが開かれれば、バイオリン弾きが台の上で音楽を奏で、男女は老いも若きも手をつなぎ足を踏みならし踊りまくる。「半月」のエンブレムがかかった居酒屋を中心とした空間とは別に、画面左奥の空間では、女性が男性を追いかけ、何とか自分のものにしようとしているが、二人のすぐ近くの樹の横には男が身を横たえて二人の様子を観察しているかのようである。この女性の本命はどちらなのだろうか。


〖典拠:銘題・解説詩〗
典拠不記載:参照エラスムス「『二兎を追う者は、一兎を得ず』……この諺の力点は、同時に二重の利を狙う者はそのどちらも失うということにある。ギリシア諺集では『二つを望めばどちらも手に入らない』と比喩抜きで直截に語られている」(『格言集』3巻3集36番)。

典拠不記載:フィロストラトス「アモルたちは、ウサギを弓矢で射たりすることはないが、それは[母である]ウェヌス女神が捧げ物としてもっとも好まれるのが生き身のウサギなので、生きたまま捕まえようとするからだ。」(『絵画論』「アモルたち」1巻6章[➽5番])。

〖注解・比較〗
エラスムス:〔1466年?-1536年〕カトリック教会の側にたちルターと論争した人文主義者。ギリシア語からの聖書訳やその詳細な註解といった神学的著作にとどまらず、『痴愚神礼讃』のような社会風刺にまで食指を伸ばした博学多識な批評家の顔も持っている。
『格言集』:ギリシア・ラテン文学に伝わる諺・名言を、配列に考慮することなく、原語を付記して約4000点収録し、それぞれにその意味を解説し、さらに場合によっては政治や道徳に関する長文のコメントを付けている。初版から加筆と増補を重ね続けたため、決定した完結版はない。ルネッサンス期にもっともよく読まれた本の一冊。

一兎をも得ず:「あだし野の 風になびくな 女郎花(おみなえし) 我しめ()はむ 道遠くとも」(源氏物語 53 手習)。「あだし野の風のような 浮気男に (なび)かぬように はるかな道も通いつづけ 女郎花のようなあなたに しめ縄を張ろうものを」(瀬戸内寂聴訳)。薫と匂宮の二人の男性に同時に愛された浮舟は、「二兎追う」ことに耐えきれず自殺を図る。しかし未遂に終わり、放浪しているところを尼僧に助けられる。その尼僧の娘婿である中将が浮舟に一目惚れしてしまう。中将は、自殺未遂のいきさつを知らずに、浮舟に「一兎を求めるように」嘆願し、そしてあなたを必ず自分のものにするというこの歌を贈る。


◇愛のエンブレム◇ 65
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