◇愛のエンブレム◇ 64

AMANS SECVNDVM TEMPVS.
Plutarch. Speculum, vt leuis amans, quidquid obijcitur recipit.
Perdit vt obiecto speculum pereunte figuras,
Atque alias alio mox veniente capit:
Sic etiam inconstans mutatis, credite, terris,
Quantum oculis, animo tam procul ibit Amor.
愛する者は時に従う。
プルータルコス 鏡✒は、気まぐれな恋人のように、目の前に出てきたものをかまわずに受け入れる。
鏡は、目の前のものが行ってしまうと、もはやその姿をとどめず、
別なものが現れると、すぐにその姿を捉える。
そのようにアモルもまた――これは本当のことだが――所変われば心が変わり
その目から遠ざかるほど、気持ちも離れていってしまう。
去る者、日々に疎し
鏡を見ていると、鏡は顔をうつす。
しかし鏡から離れると、鏡は別な顔をうつす。
一度、鏡から目をそらすと、その姿は忘れられる。
不在とはまさしく、恋人がその愛を見捨てる原因なのだ。
❁図絵❁
自分の心臓を指さすアモルが、室内の壁に掛けられた正方形の鏡をのぞきこんでいる。その鏡にも、当然のことながら、自分の心臓を指さすアモルの上半身が映っている。
❁参考図❁

アンニバーレ・カラッチ (Annibale Carracci)「リナルドとアルミーダ」1601年頃
キリスト教の勇者リナルド王子は、サラセンの魔女アルミーダの妖術にはまる。魔女の髪で頬をなでられる勇者は、うっとりとして魔女の目をじっと見つめている。こうして愛に溺れた日々を過ごす王子の身を王子の同胞が案じ、王子にダイヤモンド製の鏡を送り、そのだらしない姿を気づかせようとする。その二人が、草むらの陰から甲冑をまとった姿で、鏡を手にする王子の成り行きを心配そうに見つめている。なおこの寝物語は、タッソー『エルサレムの解放』で語られている。
〖典拠:銘題・解説詩〗
典拠不記載:「慣習は時節に従う」(ラテン語格言)。
プルータルコス:参照「愛するのも憎むのも、喜ぶのも悲しむのも、自分の気持からではなく、鏡のように、他人の感情や生活や行動の像を映しているだけだと分かるでしょう」(『倫理論集』「似て非なる友」53a (ロエブ版1巻284-85ページ) 柳沼重剛 訳)8節。
典拠不記載:
▶比較◀
鏡:「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて よに忘られず」(『万葉集』若倭部身麻呂 4322)。東国から筑紫の国を防衛するために派遣された防人の歌。水を飲もうと手ですくったところ、その水を見ると、なんとそこには妻の影(姿)が映っている。妻はこうして離れていても私のことを思っているので、このようにその姿が水鏡に映るのだと作者は想像をふくらませている。当時、ある人が強烈に別な人を思うと、その別な人がみる夢や水鏡に現れると考えられていた。だから「鏡」は、心変わりや移ろいやすさではなく、むしろ相手を慕い想うその深さと結びついている。
