◇愛のエンブレム◇ 71

Callimach. AMORIS IVSIVRANDVM POENAM NON HABET.
Nulla fides inerit: periuria ridet amantum
Iuppiter, & ventis irrita ferre iubet.
Tibull. Gratia magna Ioui: vetuit pater ipse valere,
Iurasset cupidè quidquid ineptus Amor.
カッリマコス 愛の誓いには罰則はない。
信義のかけらもないだろう。恋する者たちがする偽りの誓いに
ユッピテル神はにんまり笑って、「反古になる誓いは風に飛んでいけ」と命じる。
ティブッルス ユッピテル神に深い感謝。情愛にかられて、理をわきまえずに
アモルが誓ったことはなんであれ、むなしいのだと、この御父自らが認めていた。
愛は偽証罪に問われない
恋するものは恋の誓いを自由に行えるが、
その誓いが嘘だとしても、その責任からは免れている。
ウェヌス女神は、恋人が乱用する誓いに特免を与えているのだから。
実際よりもおおげさに誓っても、愛はなんら罪を犯すことにならない。
❁図絵❁
アモルが左手を胸にあて、開いた本の上に右手を置きながら、宣誓の仕草をしている。アモルが見つめているのは、愛の女神ウェヌスで、女神は微笑みながら本を指さしている。、ウェヌスの凱車(がいしゃ)を曳くはずの鳩は凱車の肩に乗り、凱車の席は空のままになっている。女神が踏みつけている権標 (ファスケース fasces)は処罰の象徴であるから、愛の宣誓はしょせん無効で、女神がやってきても罰則が加えられないことをおそらく暗示している。罰せられないことは、ユッピテル神[➽10番]の持物である雷霆(らいてい)をワシが口にくわえたままで、それを天から地に下そうとせず、しかも神自身がにんまりと笑っていることからも、それは伝わってくる。
❁参考図❁

ヤン・ブリューゲル(父)(Jan Brueghel the Elder)「聴覚」1618年
大きな部屋の中央には、女神ウェヌス、その子アモル、そして牡鹿(聴覚が鋭いと信じられていた動物)がいる。ウェヌスはリュートを奏で、アモルがウェヌスの顔を見ながら楽譜に従って歌っている。二人の周囲にはハープシコードなどの楽器、楽譜、音楽を奏でる時計、語り歌う鳥たちが一堂に集められている。この部屋で起こりえないことが起こり、そこにどれだけ誇張と嘘があっても、それでもありそうな現実と思わせる様子である。
〖典拠:銘題・解説詩〗
カッリマコス:『エピグラム集』✒25番3-4行。「恋のことでの/誓いは、神々の耳には入っていかない」。ここの詩では、男性が女性に愛を誓い結婚するが、この男性はなんと別な男性に心が移り、最初の誓いは破られてしまう。にもかかわらず、この男性には天罰が下らないことが歌われている。
典拠不記載:実際にはティブッルス『エレギーア』3巻6歌49-50行[➽12番]。恋人に裏切られ、酒を飲んで憂さを晴らしながら、女性が、自分自身の目、ユーノー女神、ウェヌス女神にかけて愛の誓いをするとしても、それは信じてはいけないことを教えている。
ティブッルス:『エレギーア』1巻4歌23-24行。少年愛は、男性がゆっくり少年に近づくことで実るが、そのとき愛の誓いを少年に向かって語ることが肝心だという。そして仮に誓った後にそれを破ったところで、大神の怒りに触れないと教える。
〖注解〗
カッリマコス:[前4世紀末-3世紀中頃] ギリシアの学者兼詩人で、フェーンの時代に読むことができた作品は、神々を知的に言祝いだ『讃歌』、そして恋愛などの個人的経験を技巧を凝らしながらも軽々と綴った『エピグラム集』(60篇が現存)がある。
▶比較◀
誓い:「忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな」(右近『百人一首』38番)。「私はいいのです 忘れられてしまおうと わが身のことは いいのです でもあなた あれほどに変らぬ愛を お誓いになったあなたのおいのち それが ひとごとならず心にかかってなりません」(大岡信)。右近は醍醐天皇の皇后に仕えていた女性。男性は「忘れまい」と神にかけて誓ったのに、今や自分は忘れられる身となってしまった。その不幸は何とも思わないが、男性に神罰が下り、命を落とすのではないかと、残念でなりません。その残念さには、男性にいまだに未練がある女性の純な気持ちと、誓いを破った男性への嫌味とが入り混じっている。こうした女性の複雑な気持ちは、江戸時代にも見られる。「起請(きしょう)誓紙(せいし)は反古(ほご)にもなろが、五月(さつき)六月(むつき)はまんざら反古にもなりゃせまい」(清元『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』[1823]) 起請誓紙は熊野誓詞ともいわれ、恋を誓った男女が取り交わす神札。熊野神社の3枚の神札に「我らは二世を契った仲です」といった文を記し、血判を押し、男女それぞれ1枚ずつ取り、残り1枚を神社に納めた。引用は、誓った神札は信用ができないが、子供を孕んだのだから二人の関係は無効にならないだろうということ。
