◇愛のエンブレム◇ 75

P. Syr. AMOR DIVRNVS NOCTVRNVSQVE COMES.
Quàm fidus Pylades Amor est noctuaque diuque!
Quàm turbat somnos saepè Cupido meos!
Somne quies rerum, placidißime somne Deorum,
Huc huc ad nostros lumina verte lares
プープリウス・シュルス 愛は昼と夜の友。
ピュラデース✒の愛は、昼でも夜でもなんと誠実なことか。
ところがアモルは私が寝ているときにも、なんとひどく心を揺さぶることか。
万事につけ安息となる<眠り>✒よ、神々のなかでももっとも穏やかな<眠り>よ、
どうかこちらに、この私の家神✒の方に目を向けてください。
愛は日夜、付き添う
愛は恋するものに夜となく昼となく付き添う。
それは、寝ても覚めても、たえず恋人はアモルとともにいようとするからだ。
目覚めていては話かけ、夢の中にでも現れる。
だから誰にでもある安息が、恋人には喜びとはならないのだ。
❁図絵❁
暗い部屋にしつらえられた天蓋付きのベッドのなかで、ほおづえをついているかのように男が眠っている。ほおづえの姿勢はこの当時、恋愛によって生じる沈鬱を象徴していた。それを裏づけるように、男のかたわらにはアモルがおり、愛の矢を胸に突き刺している。
❁参考図❁

シーサー・フアン・エーフェルデインヘン (Caesar van Everdinger)「火鉢で手を暖める若い女性」1650年
頭にかぶりものをした女性がスカートの裾をたくし上げ、炭火アンカにかざして、体の暖を取っている。女性を包む暗闇は、女性の心が沈鬱で、その体は眠っているような印象を与える。しかし、女性の両手が中空に置かれたままなので、女性は眠ってはいない。両耳から下がった真珠、黄金の大きなイアリング、そしてレースの襟にかかる豪華な二重の真珠ネックレスからすれば、この女性は未婚で、恋をする年齢だとわかる。とすると愛のことが頭から離れず、心労で体が冷え切り、愛の憂鬱にかかったのかもしれない。
〖典拠:銘題・解説詩〗
プープリウス・シュルス:[➽31番]該当の引用は不詳。 典拠不記載:ただし3行目はオウィディウス『変身物語』(11巻623行)[➽世番]からの引用。そこでは、虹女神が<眠り>の神に向かって呼びかけ、悩みを遠ざけ、仕事の疲れを癒す業績を称え、夢を送ってくれるように依頼している。
〖注解・比較〗
ピュラデース:英雄オレステースの親友で、その信義はオレステースがその父アガメムノーン[➽91番]を殺害するにあたり手を貸すほど深かった。またオレステースの妻ヘルミオーネを密かに愛していたが、オレステースへの信義から決して手を出さなかった。参照オウィディウス『恋愛術』(1巻739-754行 [➽2番])
<眠り>:陽が決してささない洞窟のなかに、多数の息子たちとともに住んでいる神。
家神:家の竈に祭られている神で、その家系の守護神として非常に尊重された。<眠り>の神が目を向けることで、家神たちが眠り、家がそしてその家にいる私の心が安らぐということ。
▶比較◀
眠り:「思いつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを」(小野小町『古今和歌集』552 恋歌2)。あの人のことを想いながら眠ってしまったので、あの人が夢に出てきたのだろうか。もし夢だとわかっていたなら、夢から覚めなかったろうに。この歌の冒頭は「思ひつつ」で、女性である本人の側から、男性である恋人の側への意志が働いている。男性が自分を思ってくれているから、夢に出てきたのではないという意味合いがある。自分の片思いなので、それだけにいっそう「さめざらましを」で、男性の姿を夢に見ている眠りから覚めて、現実に戻りたくなかったと述べている。
