◇愛のエンブレム◇ 106

DVRATE.
Nonne vides, silices vt duros gutta perennis
Saxáque stillicidî casus & ipsa cauet,
Utque annosa cadat repetitis ictibus ilex?
Sic dabit vrgenti victa puella manus.
持続せよ。
落ち続ける点滴が固い火打ち石をうがち、
雨だれが岩石にも穴をあけ、また積年の樫の樹が
何度も打たれて倒れるのが、君にはわからないのか。
彼女もしつこく攻められると、降参し手を差し出すだろう。
持続して
最初の一撃で大木は地面に倒れないが、
数多く打てば、ついには倒れてしまう。
点滴も長いことしっかりと落ちれば、石に穴があく。
長く耐えれば、ずっと求め続けてきた愛が実る。
❁図絵❁
アモルが斧を握り、大木に向かって打ちこもうとしている。木にはすでに斧で打たれた傷が、浅いとはいえ残っている。
❁参考図❁

レンブラント工房 (Rembrandt) 「トランプをする若い男女」1645-500年頃
トランプは、だまし、怠惰、貪欲などを連想させるが、この二人はトランプ遊びに真剣に興じていて、そうした悪徳を感じさせない。何度も繰り返せるカードゲームなので、二人は長時間一緒にいられる口実になり、男性は女性の気持ちを軟化させ、ついにはその愛を手にできるかもしれない。小さな働きかけの繰り返しが、彼女の心を次第にほぐし、愛を勝ち取るという結果につながることもありうるのだ。
〖典拠:銘題・解説詩〗
典拠不記載:参照オウィディウス[➽世番]「君は持続性がある僕を、火打ち石や鉄にどうやらたとえられないかね。点滴は石をうがち、指輪も使えば摩滅する。」(『黒海からの手紙』4巻第10書簡3-5行[➽16番])。ローマから過酷な僻地に追放されて6年目の詩人オウィディウスが、当地の風土で体は徐々に摩滅していっても、石のように持ちこたえるその持続性によって生き延びているといっている。詩人は持続性を落ちる滴にではなく、石の方に見いだしている。
典拠不記載:参照オウィディウス「いったい何が岩よりも堅く、何が水よりも柔らかいか。けれども、柔らかい水は堅い岩をうがつ。」(『恋愛術』1巻475行[➽2番])。詩人は、しつこく責めれば、操が固い女であっても、ついにはなびくと教えている。
▶比較◀
降参する:「見てもまた 逢ふ夜まれなる 夢のうちに やがてまぎるる 我が身ともがな」(源氏物語 5 若紫)。「ようやくお逢いできたものの 再びお目にかかれる夜は ありそうもないのだから いっそ嬉しいこの夢の中で わたしはこのまま消えてしまいたい」(瀬戸内寂聴訳)。光源氏は、父・桐壺院の妻であり、自分の母親に似ている藤壺への愛が断てず、藤壺が頑なにその愛を拒むにもかかわらず、とうとう藤壺との密会を成し遂げる。この歌はその密会を果たした直後に詠んだもの。しかしその後、藤壺は突然出家得度し、源氏には手の届かない存在となる。源氏の継続的な攻めこそが不可能を可能にしたが、その執念深さは、藤壺の真の幸福を奪い去る結果となる。こうして源氏の達成感は一時のものであり、密会がかなったことでかえって二人の関係が抱える矛盾が浮き彫りになってしまった。
