◇愛のエンブレム◇ 59
FORTIOR EST AGITATVS AMOR.
Senec. Non est arbor fortis, nisi in quam ventus frequens
incursat: ipsa enim vexatione constringitur, & radices certiùs figit.
愛は攻撃されると、強くなる。
セネカ 木は、風に何度も吹きつけられないと、しっかりしない。激しく揺すられると幹はがっちりし、
根をもっとしっかりはるようになる。
労苦によって強められる
ちょうど立派な樫の木✒が強風で揺すられ、
根を張れば張るほど激しく打たれるように、
愛は、災いに出会うと、より大きくしっかりと成長し、
逆境のひとつひとつを自分の愛の証にしてしまうのである。
❁図絵❁
雲から風神の顔が見え、その口から強風が吹き出している。強風は樫の木に向かって吹きつけ、アモルも風と同じ向きで、両手で樫の木の幹を押し倒そうとしている。
❁参考図❁
バルトロメウス・ファン・ デル・ヘルスト (Bartholomeus van der Helst)「王女マリア・ステュアート」1652年
イングランド王の娘マリアはオランダ都総オレンジ公ウイリアム2世[ウィレム・ファン・オランイェ2世]と結婚するが、公は1650年に暗殺される。父親チャールズ王はすでに49年に公開処刑されていたので、マリアは愛する父と夫をわずか二年の間に失ったことになる。デン・ハーグの都総邸ビネンホーフで寡婦の白色ドレスをまとい、オレンジの実をしっかりと握る姿は、夫への深まる愛を象徴しているようだ。
〖典拠:銘題・解説詩〗
典拠不記載:参照ウェルギリウス[➽3番]「憤怒に攻撃される愛」(『アエネーイス』10巻872行, 12巻668行[➽15番])。英雄トゥルヌスが、<憤怒>の女神たちにたきつけられて、アエネーアースの妻となる王女ラウィニアを愛してしまったことが述べられている。
セネカ:『摂理について』(4章16節)。神が人間、とりわけ善人に下す不幸は、神がその人の品性の健康を保ち、徳を高めるための試練を下しているのであると、セネカは、薬、軍隊の例を引きながら説明する。樹木と暴風もそうした例の一環として出されている。
〖注解・比較〗
樫の木:参照ウェルギリウス『アエネーイス』4巻441-46行。樫の木が、アルプスから吹き下ろす猛烈な北風に打たれて揺れながらも根をどっしりと張って倒れない姿が、女王ディードーからの懇願にもかかわらずその愛を振り切るアエネーアースの心情になぞらえられている。
災いに出会う:「心さへ 空に乱れし 雪もよに ひとり冴えつる 片敷の袖」(『源氏物語』真木柱)「心までが 中空に思い乱れました この雪に 冷たい片袖を敷いて、独りで寝ました」(渋谷栄一 訳 一部改変)。髭黒大将は、光源氏の養女・玉鬘と強引に関係を結び、そのあと、女を自邸に迎え入れるべく先妻の同意を得ようとする。しかし心がそもそも病んでいた先妻はこの件で精神錯乱を起こし、あるとき香炉の灰を夫・髭黒に浴びせる挙に出る。雪の降るその当夜、髭黒は玉鬘のもとに通おうと予定していたが、この状態では諦めざるをえないと判断し、髭黒が玉鬘に贈った歌。フェーンが教えるように、逆境は愛を強くするのか、髭黒と玉鬘との間には幾人もの子が生まれ、その一人は光源氏の孫とともに、源氏50歳の宴席で優雅な舞を披露する。