◇愛のエンブレム◇ 49

Virg VVLNVS ALIT VENIS, ET CÆCO CARPITVR IGNE.
Exta velut clausis feruor consumit in ollis:
Sic mea consumit viscera cæcus Amor.
ウェルギリウス 自分の生き血で傷を養い、表に出ない炎で身を焦がす。
壺を閉じて熱すれば五臓六腑も溶けてしまうように、
盲目のアモルは私の腑を溶かしてしまう。
愛は、中で燃えつきる
壺の中の液体は蓋を閉めても消えてしまう。
壺の外の火が焼きつくしてしまうからだ。
同じように、愛する者の心は、美しい恋人が発するさん然と輝く瞳の
まばゆい光によって、自分の中で徐々にとろけていくのだ。
❁図絵❁
三脚の上にのった、蓋のしっかり閉まった壺が、暖炉の炎で熱せられている。その炎をアモルがフイゴであおり、火力を強くしている。
❁参考図❁

コルネリス・デ・マン (Cornelis de Man)「チェス遊び」1670年頃
とても贅沢な洋服をまとった一組の男女がチェスをやっている。床の一番手前にはフイゴ、その下には薪が数本置かれている。部屋を暖めるにはこれだけの薪では当然足らない。とすると、この二人はエンブレムにあるように、五臓六腑(身体の大事な部分)も溶けるほどに愛の炎に焦がされているのだろう。
〖典拠:銘題・解説詩〗
ウェルギリウス:[➽3番]『アエネーイス』4巻2行[➽15番]。ギリシア軍によって壊滅させられたトローイアから脱出した英雄アエネーアースは、カルターゴーに漂着する。その国の女王ディードーは英雄とその一行を歓待をするが、そのさなかに女王はアモルの矢に射られて、果たせない恋いとは知りながら英雄を恋してしまう。女王の抑えきれない恋愛感情を評した言葉が銘題。「傷を養い」とは、アモルの矢によって心臓に受けた恋の傷を癒さないままでいること。この箇所はルネッサンス期から20世紀に至るまでしばしば引用され、また暗誦の対象でもあった。
典拠不記載:
〖注解・比較〗
炎で身を焦がす:「篝火に あらぬ我が身の なぞもかく 涙の川に 浮きて燃ゆらむ」(古今和歌集 529)。「篝火でもないわが身が、どうしてこのように涙の川に浮いて、恋の思いに燃えているのだろうか」(高田祐彦 訳)。篝火は鵜飼や漁をする舟から川面に出してたく火。涙の川は、涙がとめどもなく流れることと、実際の川(伊勢の「涙川」)とを掛けている。恋の炎は、篝火のように、川水も涙の水でも消えずに燃え続け身を焦がす。
