◇愛のエンブレム◇ 82

Senec.   PRECIBVS HAVD VINCI POTEST.

Virg.    Nec lacrymis crudelis Amor, nec gramina riuis,

Ne Cythiso saturantur apes, ne fronde capellae.

セネカ    懇願したところで相手はなびかない

ウェルギリウス   愛は残忍だから、涙に満足しないし、また草は小川の水で、

蜂はクローバーで、山羊は緑葉で心満たされることはない。

愛には哀れみがない

    軍神マルスは、人が血を流し、略奪され、権力の座から引きおろされても、

怒り、激昂していても、哀れみの心を起こさない。

同じように、アモルは歎きや涙になびくことがなく、

祈り求めれば求めるほど、それだけ哀れみを見せることがない。


❁図絵❁

 アモルが両手を合わせて、別なアモルに向かって熱心に嘆願している。しかしもう一方のアモルは、腰に手をあて、弓を杖にし、尊大に構えて、その願いに耳を貸そうとしない。

❁参考図❁

クロード・ロラン (Claude Lorrain)「ディードーに別れを告げるアエネーアース」1676年

英雄アエネーアースは、カルターゴーの女王ディードーと昵懇の中になったが、ローマ建国という大義のため、女王のもとを去る決断をする(画面中央が女王と英雄)。女王は慰留を熱心に懇願するが、英雄は頑として聞き入れず出立する。それを知った女王は嘆き悲しみ、焼身自殺をする。


〖典拠:銘題・解説詩〗

セネカ:『パエドラ』239行[➽世番]。英雄テーセーウスの再婚相手パエドラは、テーセーウスの息子ヒッポリュトゥスに恋をしてしまう。継子への愛をパエドラは乳母に打ち明けるが、乳母は、この青年はパエドラへの憎しみから女というものを憎んでいるので、どんなに懇願してもなびかないと教え諭す。

ウェルギリウス:『牧歌』10歌28-29行[➽3番]。農夫、田園の動物、神々が、乙女リュコーリスに捨てられた農夫ガッルス(実は恋愛詩人ガーイウス・コルネーリウス・ガッルス)の嘆きと悲しみに共鳴し、ガッルスのもとに次々とやって来る。田園の神パーンがガッルスに向かって述べた愛の非情さが、ここの解説詩として利用されている。失恋してどんなに泣いても、その恋は断ち切れないことを教えている。

▶比較◀

なびかない:「思ふとも 恋ふとも逢はむ ものなれや 結ふ手もたゆく 解くる下紐(したひも)」(『古今和歌集』 507 )。
<大意>どれほど深く貴方のことを恋しく思っても、貴方は私への恋心がなく、貴方と逢瀬を楽しむことができません。でも不思議なことに、下紐を手が疲れるほど何度結んでも、紐がほどけてしまうのです。女性が(かさね) の()(腰部から下の後方をまとう服)をつけるとき、下にはくものを下裳(したも)といい、下紐は下裳を結ぶもの。したがって下紐は表からけっして見えない。この紐がほどけることは、恋人に逢える前兆だと信じられていた。片思いのこの女性は、男性がいずれ自分のもとに来ることが、男性の意志とは無関係にまるで運命だとでも言いたげだ。しかしどんなにこの女性から懇願されても、おそらく男性はこの女性に憐れみをかけることなく、冷たくあしらったのではないだろうか。


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