◇愛のエンブレム◇ 107

INGENS COPIA, INGENS INOPIA.

Plutarch.          Vt puella in pratis alium post alium florem carpens

priores negligit: sic qui plures amare instituit, nullam retinet.

とても豊かで、とても貧しい。

プルータルコス       草原で次から次へと花を摘み、摘み終わった花を顧みない若い女のように、

             たくさんの女と恋をしようとする男には、女はついてこない。

選ぶと混乱が生じる

    よい香りの花がはえているところにやってきては、

   最初に選んだ花を必ず摘みとるが、

   次の花を摘みとると、すぐに前の花を忘れてしまう田舎娘のように、

   気移りして、新しい女を選ぶと、前の女を失ってしまう。


❁図絵❁

 アモルが、草地で花を摘みエプロンにためている若い女性を指さしている。読者の方を向くアモルの姿は、この女性の愚かさを顕示するかのようである。

❁参考図❁

ヤーコブ・フォスマール (Jacob Woutersz Vosmaer)「壁龕に置かれた花とタテハチョウ」1613年
カーネーションやチューリップなど商品植物が切り花として花瓶いっぱいに詰まっている。それらは豪華、富、絢爛を象徴している。その一方で、花瓶が置かれた場所はあちこちが崩れ欠けていて、またそこには落ちて乾いた花弁やネズミもいる。これらは、死に打ち負かされる生の空しさをあらわしている。花には、生を謳歌する意味とその空虚を教える意味との両面があった。ファン・フェーンに即していえば、多くの花を摘むことは、一時の華やかさを追い求めるだけの空虚な行為につながることになる。一輪の花を選び、それを大切にすれば、その花がもつ真の価値が理解でき、そこに深い愛情を注ぐことができるようになるのかもしれない。


〖典拠:銘題・解説詩〗

典拠不記載:

プルータルコス:「子供は草原に座ると、今度はこの花、次はあの花と摘むのが好きだった。うれしくてうれしくてたまらなかった。摘もうとする無垢な気持ちはいつまでも続いていく。」(『倫理論集』「友人が数多くいることについて」93D(ロエブ版2巻49ページ)[➽4番])。レームノス島の王女ヒュプシピュレーは奴隷としてネメア王に売られ、そこで王子オペルテースの養育係となる。その王子の仕草の描写(典拠はおそらくエウリーピデース[➽92番]『ヒュプシピュレー』)。この描写を利用して、プルータルコスは友人が自分にはたくさんいるという人は、次から次へと友人を乗り換えていくので、そういう人に真の友情は芽生えないと教える。フェーンは、たくさんの花を摘む人、つまりたくさんの友人を持つ人を、男性から女性にすり変えるだけでなく、愛する女を次々と変えていく男性への警告としている。

〖注解・比較〗

:「年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか」(源氏物語 15蓬生(よもぎう))。「ひたすらに長の年月待ちわびた その甲斐もなかったわが宿に 藤を見るついでだけに お寄りになったのですね お泊まりになろうともせず」(瀬戸内寂聴訳)。須磨から都に戻った光源氏は、ある晩、正妻に偽って、別な女性(花散里)のもとに出かけて行った。その途中、かつて関係をもった末摘(すえつむ)(はな)の家の前を通る。この姫君のことを思い出し、源氏は家に立ち寄り、実際に末摘花に会う。そしてなつかしいという源氏の言葉に対して、末摘花はここにあげた歌を詠む。この歌から源氏は、ひたすら自分の来訪を待っていたその真心を知り、今後はしっかり経済援助をすると約束する。源氏は、愛する女を次々と変えていくが、その資力、美貌、心遣いによって、姫君たちの心をとらえ続ける。


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