◇愛のエンブレム◇ 11

Senec. VICIT ET SUPEROS AMOR.
Ouid .- loquitur sic Phoebus Amori,
Tu face, nescio quos, esto contentus amores,
Irritare tua: nec laudes assere nostras.
Filius huic Veneris; Figat tuus omnia Phoebe,
Te meus arcus, ait: quantoque animalia cedunt
Cuncta Deo, tantò minor est tua gloria nostra.
セネカ 天の神々さえをも、愛は征服する。
オウィディウス ポエブス神はアモルにこういう。
「いいか、お前は、相手が誰であれ、松明で愛をかきたてることに、
満足していろ。私の功績を、横取りするな」。
すると女神ウェヌスの子はこう答えた。「ポエブス様、あなた様の弓はあらゆるものを
貫くことでしょうが、僕の弓はあなたを貫くことでしょう。どの生き物も神であるあなた様に
かなわないように、あなた様の栄誉は僕のよりも小さいのです」。
愛はすべてを征服する
アモルが弓を引き、輝けるポエブス神の胸を痛めつけようとしたとき、
ポエブスに向かってアモルはこういった。「ピュートォーンを倒しましたが、
この怪物はどうみても神よりもはるかに劣ると思われます。
同じように、あなたの力が僕よりもないことが、やがてわかることでしょう」。
❁図絵❁
太陽神ポエブス(アポッロー神の別名)が、デルフィーの怪物ピュートォーン(ピュトン)の前脚などに弓矢を打ち込み見事に射殺している。アポッローは勝利に得意になっているが、神の胸にはアモルの放った矢がマントを貫き刺さっている。アモルは次の矢を射ようと準備している。太陽神は怪物を倒したが、その強い太陽神はアモルの矢に倒されることになる。
❁参考図❁

レンブラント(Rembrandt)「眼をつぶされるサムソン」1636年
イスラエルの英雄サムソンは、異教のペリシテ人デリラを妻として娶った。サムソンは、その怪力でペリシテ人を倒しイスラエルを守ろうと奮闘している。デリラは、そういう夫がこれ以上危険な目に遭わないようにと、夫の怪力の源泉が体のどこにあるのかしつこく聞きただす。サムソンは妻の懇願に負けて、怪力は頭髪にあることを教えてしまう。ダリラは、夫が寝ているときを狙って髪の毛を切り落とし、夫の力を霧散させる。それだけではなく、ペリシテ人にこの秘密を密告し、サムソンを捕縛するように仕組む。妻への愛に負けたサムソンは、こうして敵の手に落ちる。
〖典拠:銘題・解説詩〗
セネカ:[➽世番]『オエタ山上のヘルクレース』✒1幕472行。ヘルクレースの妻デーイアニーラは、夫が倒した王の娘イオレーに愛情が移っていくのを感じて、乳母にそれを打ち明ける。乳母は、自分が毒薬を調合するからそれで夫を殺せば、夫の心変わりへの心配も消えると説得する。その提案にためらうデーイアニーラに、乳母はここの引用文を口にして、妻による夫殺しをそそのかす。➽セネカ→1番。
オウィディウス:『変身物語』1巻461-465行[➽世番]。ポエブス神(アポッロー神)はデルフィーの洞窟に住む大蛇ピュートォーンに矢を浴びせて倒し、賞賛をえていた。そのときたまたま弓を引いているアモルに出会い、引用のようなやりとりが交わされる。この後日談として、ダフネーの話が続く。アモルは空を飛びポエブス神から離れ、愛を喚起する力がある黄金のやじりのついた矢をポエブス神に射る。そしてすぐその後で、ニンフのダフネーにたいして、愛を退ける力をもつ鉛のやじりがついた矢を射る。黄金の矢で射られたポエブス神は、ダフネーに恋をするが、ダフネーは鉛の矢で射られているので、その愛を拒み、逃げまどう。ついに彼女は父である河神に助けを求めると、河神は娘を月桂樹に変身させる。ポエブス神は、ダフネーが変身しても彼女への愛を断ち切れず、月桂樹の自分の持物とする。
〖注解・比較〗
『オエタ山上のヘルクレース』:女神ユーノーの憎しみが原因となって英雄ヘルクレースは12の難行を課せられる。しかしそれらを見事に達成したヘルクレースは、自分の弓術の師エウリュトゥス王と弓の競技を行い、勝利者に約束された王女イオレーを要求する。ところが王がそれを拒んだので、英雄は王の都を壊滅させる。ヘルクレースには妻デーイアニーラがいたが、この妻は王女を愛する夫の姿を見て非常な不安におそわれ、夫の下着に毒を塗っておく。この下着をヘルクレースが着たところ、毒が皮膚を冒す。英雄は、苦しみのあまりオエタ山上にあった火葬壇に昇り焼身自殺を遂げる。
ピュートォーン:山間の高台デルフィーにおり神託をくだす怪物。アポッローはこの怪物を射殺し、デルフィーをアポッローの神託が降る場とした。この地は、ギリシア人にとってもっとも大事な託宣の場所となり、数々の重大な託宣が降り、アポッロー神への賞賛のより所となった。
あなた様の栄誉は僕のよりも小さい:「我去年の春信濃国を出しとき妻子を捨て置き、また再び見ずして、永き別れの道に入ん事こそ悲しけれ。されば無らん跡までも、このことを知らせて後の世を弔はばやと思へば、最後の伴よりもしかるべきと存ずるなり。疾く疾く忍び落ちて信濃へ下り、この有様を人々に語れ」(『源平盛衰記』巴関東下向事)。大意 「儂[木曽義仲]は、去年の春、信州に残してきた妻子と再会できず、このまま別れることがつらい。巴よ、儂が死んだ後、妻子や人々に私の最期を語り伝えてくれ。その方が、いまここで儂とともに討ち死にするよりはよい。さあ、早くこの場を去り、信州へ行き、儂の最期を伝えてくれ」。義仲は、妾である巴御前が自分とともに立派な最期を遂げて武勇の名を馳せることよりも、自分の死を人々に伝える役を果たすように要請する。これは、巴が生きていて欲しいという、義仲の巴にたいする愛の証である。巴が人々の想像力をかき立てる人物であるのは、その武勇と怪力もさることながら、義仲のこの愛があればこそである。
