◇愛のエンブレム◇ 56
Plaut. CELEREM OPORTET ESSE AMATORIS MANVM.
Quam tibi sors vltrò, aut occasio donat amicam,
Ne spernas, celeri sed cape dona manu.
プラウトゥス 恋する者には素早い手がふさわしい。
運かチャンスが自然とめぐり、恋人を授けてくれたとき、
足蹴にせずに、手をさっと出してその贈り物をつかみ取れ。
大胆に準備して
迅速ですぐに使える手が、恋する者には備わっている。
求めている機会をみてとるや、つかめるようにと。
はからずもつかまずに逃すということはないようにと。
なぜならその機会を失えば、取戻すことはできないから。
❁図絵❁
アモルは翼(素早さの象徴)のついた右手をじっと見つめている。左手には弓を握っているが、矢が入った矢筒は足下に投げ出されたかのように置き去りにされている。
❁参考図❁
ハブリエル・メツー (Gabriel Metsu)「牡蠣(かき)を勧められる女性」1660年
女性が皿に盛られたなま牡蠣をつまんでいる。その顔つきは牡蠣の美味を楽しむというよりも、体に起こりつつある変調に気味悪くなっているようだ。牡蠣には催淫作用があると信じられており、牡蠣を勧めている男性は女性の変調に気づき、チャンス到来に横目でにんやりと笑っている。
〖典拠:銘題・解説詩〗
プラウトゥス:[➽26番]『バッキス姉妹』737行。バッキスは遊女の名前で、同名の女が二人いる。青年ピストクレルスはバッキスの一人に恋をし、奴隷クリュサルスの知恵を借りて、父親フィロクセヌスから遊女身請けの金をだまし取る。ところが、青年の友人ムネスィロクスが同じバッキスに恋をしていると思い込んだ青年は、事情を父に話し、金を返す。返した後で、ムネスィロクスはもう一人のバッキスに恋をしているとわかり、再度、父親から金をだまし取ろうとする。相談を受けた奴隷は、事がうまく運ぶように手紙の文面を青年に口述させるが、口述を蝋板に書き込むのに手間取るのを見て、奴隷は銘題のセリフをいった。
典拠不記載:参照マルティアーリス「喜びはぐずぐずしておらず、さっさと逃げていってしまう。/両手でつかんで、しっかりと抱いておけ。とはいえ、/そうしても胸の奥底から滑り抜けてでていってしまう」(『エピグラム集』1巻15歌8-10行[➽5番])。
〖注解・比較〗
大胆:「はかなしや 人のかざせる 葵ゆゑ 神の許しの 今日を待ちける」(源典侍『源氏物語』葵)「あら情けなや、他の人と同車なさっているとは 神の許す 今日の機会を待っていましたのに」(渋谷栄一 訳)。葵は歴史的仮名遣い「あふひ」なので、人と出会う「逢日(あふひ)」という意味と、都でもっとも盛大な祭りである葵祭のことをさしている。光源氏は妻の紫の上とともに牛車からの祭り見物にいくが、源氏はそこでかつて関係をもった好色の老女官・源典侍と偶然に出くわしてしまう。そのときこの老女官が詠んだのは、源氏がすでに他の女のものだとは知らずに、この葵祭の日に源氏と逢日と心づもりしていたなんてという嘆き。もちろん源典侍は、源氏が正妻として紫の上と婚姻関係にあることは知っているし、祭りの雑踏の中で本当に源氏に会えるかのかどうかなど不明だが、自分はいまだに源氏に気が引かれていることを誇示している。源典侍はチャンスを大胆に利用する女性である。