◆二元対立の英語感覚◆《1⇔多》 “I like reading a book.”が、「趣味は読書」といえない理由。


1(a/an) は任意の一つ、他は排除

英語が二項対立からできているという視点をもつと、単数と複数の区別も二項対立だということはいやでもわかります。日本語は数の意識をそれほど考えなくてもよい言葉ですが、英語は 1:多 という数の意識を強く持っています。

たとえばこの絵を見て、私たちなら即座に、「リンゴ」という言葉が思い浮かびます。そして、

この絵なら、「ドーナッツ」となりますが、英語では、というより英語母語話者の頭の中では、「リンゴ」、「ドーナッツ」で終わらず、「一個のリンゴ」、「一個ではないドーナッツ」という数の観念が入ってきます。

これは一見、簡単なようですが、私たち日本人には、物や人に対して1:多という対立観念が薄いために、思わぬ誤認が生じることがあります。

My brother has an unique skill. He can fly an airplane.
私の兄にはとっておきの技があります。それは飛行機の操縦ができるのです。

訳として誤っていないのですが、ここで an airplane と anが ついているのはどういう意味があるのでしょうか。

 飛行機は大きく分けて旅客機と戦闘機があります。また旅客機には、ジェット機とプロペラ機があります。日本語の「飛行機の操縦ができる」という言葉からは、これらのいずれの飛行機でも操縦ができるとも、またその中のどれか一つ、たとえばジェット機なら操縦できるともとれます。ところが英語ではan と付いていますから、これらのどのタイプの飛行機でもみんなということではなく、どのタイプの飛行機かわからないが、ともかくいずれかのあるタイプの飛行機は操縦できる、逆に言えば、それ以外の飛行機は操縦できないということです。兄(弟かもしれませんが)が、自衛隊員ならジェット戦闘機でしょうし、金持ちならセスナ機かもしれませんし、ビジネスマンなら小型ジェット機でしょう。

 このように1:多という対比が見えてくると、

☀I feel like reading a book.
 何か本を読みたい気分だ。

という英語は可能であっても、

☠ I like reading a book.
私の趣味は読書です。

という英語は奇妙だということがわかると思います。なぜなら、映画見すぎで目がちかちかするから、まあ気分転換に一冊本でも読むかというのが、 “I feel like reading a book.”です。ところが趣味は読書なら何冊も本を読むわけですから、 a book ではなく books とならなくてはいけません。

☀ I like reading books.

もっとも一冊の本を繰り返し繰り返し読むのが好きというなら、 “over and over again” をつけて、

I like reading a book over and over again.

となります。


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