◆二元対立の英語感覚◆《切断⇔影響》日本語の現在形がなぜ英語では過去形になるのか
過去形⇒現在からの切断
子画面の世界
解雇(レイオフ)が比較的簡単にできるアメリカでのニュースで、こんなシーンがありました。大企業に勤める管理職の人が、記者にマイクを向けられ、「この会社の開発部門長でいらっしゃいますか」とたずねられ、
(1) Reporter: Are you the general manager of R &D of this company?
Manager: I was.
記者:この会社の開発部門長でいらっしゃいますか。
管理者:昨日まではね。
この「昨日まではね」ですが、「昨日まではそうです」と私たちの頭の中では、過去の出来事も現在の時点で起こっていることに呑みこませて、現在形で答えてしまいます。現在はひとつのあいまいな領域で、その領域をはさんで、過去と未来の別個の領域が並んでいる感じはあります。しかし現在の領域の境界は曖昧で、なんとなく過去と未来に連なり、場合によって過去も未来もこの現在の領域のなかに取り込んで捉えてしまいます。たとえば、「先月、君は二回欠席している」という日本語の文は、先月のことなのですから、「二回欠席していた」と過去形になるはずですが、「欠席している」と過去のことを現在の領域のなかに取り込んでいます。
これに対して、英語感覚としては、過去形は、いま現在の時点の事態とは切断されているという意識があります。現在という塊と過去の塊との境界は明らかに切れているのです。それぞれの塊は鉄球のように他を寄せつけない境界をもっているのです。先ほどの例では、管理者は “I was.” とわずか1語の過去形をぶつけるだけで、確定事実をあらわす現在形(”Are you…?)にたいして、その確定事実は今この時点では切断されてしまっていることを相手に示し、「昨日まではね」となるわけです。

こうした過去形の働きをイメージ化していうと、テレビやパソコンなどの子画面に表示された動画や写真がかなり近いと思います。子画面は親画面と同一平面上にありますが、四角い枠できっちりと囲まれ、同一ではないことが意識的に明示されています。今自分が参加し見ている親画面のようにどんなにそれが生き生きしていようと、子画面は子画面で独立した領域なのです。ですから子画面での出来事をいいあらわそうとして、親画面と同じいいあらわしかたをすると、親子の混交が起こってしまいます。そこで親画面から切断された別な領域の話であることを示すために、過去形が使われていると考えてみてはどうでしょうか。
過去形=現在からの切断ということがわかると、次の例の意味も浮かび上がってくるはずです。
(2) My father liked playing golf and mahjong.
「ゴルフや麻雀が好きだ」ということが、今この現在において切断されているわけですから、今は別なものが好きなのだということになります。そのため通常こういう過去形の文の後には、いま何が好きなのかという現在形の文が続きます。
(3) My father liked playing golf and mahjong in his 40’s and 50’s, but he started working on bonsai, potted trees, after his retirement. He spends extensive time and effort pruning or bending the trunks and branches to change their shapes.
私の父は40-50歳代の頃にはゴルフと麻雀が好きだったが、退職すると盆栽にこり出してね。木の形をかえようと、幹や枝を刈ったり曲げたりして、意気込みも時間も、もうすごいんだ。
ところが、現在形が続かずに、下線部分だけで終わってしまうと、父親は死んでいまはもういない、そういえば、40-50歳代の頃はこうだった、退職後はこうだったと、現在から切断された事実を思い浮かべていることになってしまいます。
過去形=現在からの切断について理解するために、もう一つ別な例を考えてみましょう。たとえば映画の映像を見ながら、隣りに座っている相手に向かって映像で起こっていることを説明するという、少々変わった状況を思い浮かべて下さい。
今自分がいるのは、相手のすぐとなりで、いま自分が語りかけている現在の時間は相手と共有しています。ところが、映画で映し出されている映像は、この共有している今・現在からは時間も空間も明らかに切断された過去と別な場所で撮影されたものです。このように現在とは切断されている場合にもちいるのが、過去形です。ですから、話し手である私は、相手に向かって映像で起こっていることを過去形で語ります。どれほど生き生きした出来事をいまこの時点で語ろうとしても、その出来事が今この時点と切断されているなら、過去形を使わざるをえないのです。
とすると、英米の小説は現在形で書かれているでしょうか、それとも過去形でしょうか。そうです、原則、過去形で書かれています。たとえばハリー・ポッターはどうでしょう。ダンブルドア校長から呼び出しの書状をもらったハリー・ポッターは、その書状をそらんじられるほど読み返し、何度もその書状に目をやります。「もらった」と日本語では過去形、そして次には「読み返し」、「やります」と現在形になります。ところが英語の原文では、全体が過去形になっています。
(4) He knew it was pointless to keep rereading Dumbledore’s words.
ダンブルドアの書状を何度も読み返しても仕方がないことはわかっていた。
(J. K. Rowling, Harry Potter and the Half-blood Prince)
そしてこれに続く文も、「今ハリーがやれることといえば、ダンブルドアが迎えに来るの待つだけだった」と今の状況を説明するのに、過去形を使っています。
(5) All he could do now was wait.
今できることといえば、ただ待つことだけだった。
今という言葉が入っていても、この今は読者がこの箇所を読んでいる今とは切断されていますから、 could, was と過去形を使うのです。なお過去完了形・過去完了進行形が使わることもありますが、これは語られている時点よりも前に起こったことをあらわしています。
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